カテゴリ:想ひ( 80 )

ドラマのような・・・

10日の朝のことです。
玄関のチャイムが鳴りました。
出ると警察だということ・・・

ほらほら来たぞぉ~!!

そうなんです。ご存知の方もいると思いますが、月曜日の早朝、ご近所のすき○さんに強盗が入ったのです。(ノ゚ρ゚)ノ ォォォ・・ォ・・ォ・・・・

と言っても、わたしはテレビのニュースで知ったのですが・・・
才才-!!w(゚o゚*)w
ウッソォ~~~~~~~~~!!
うちのマンションが映ってるじゃん!
エッ!!強盗って!?ガ━━(= ̄□ ̄=)━━ン!!

強盗はナイフで従業員を脅かして売上金を盗んだとか・・・

で、やってきた刑事さんは・・・
例の警察のマークのやつ見せてくれて、
防犯ビデオの写真を見せながら説明してくれました。

ちょっと、テレビドラマの刑事ものみたいじゃん!って、不謹慎にもわくわくしちゃいました。(^^ゞ
早朝のことなので目撃者が無く、探しているのだとか。
うちのマンションの下の防犯ビデオに映ってる早朝出掛けた人を探してました。
ひょっとすると何か目撃してるかも・・・って。
・・・あたしも2時前くらいに下にゴミだしに降りたけど・・・
刑事さん笑ってるし・・・^^;
そっか、防犯ビデオ見てたら知ってるよね。
だけどわたしは何も見てないし、強盗があったこともテレビで知ったくらいです。
あれっ?????
パトカーのサイレンも気が付かず寝てたんだわ~(^^ゞ
刑事さんケラケラ笑ってるしぃ~~~(~_~;)

てか・・・夜中にゴミだしするわたしって変なヤツだよね。
友達に指摘されて気付いた(・・;)
わたし、朝だと忘れることあるからゴミだしは夜なんだよね。
しかも寝る前なんでいつも2時前くらい・・・(^^ゞ

そんなことはいいとして、
そうなんです。
まだ強盗犯は逮捕されていないみたいなんです。
昨日も帰宅したらポストに警察からの協力依頼書が入ってました。
なんか嫌だなぁ~~~Σ(゚Å゚)
早く捕まってほしいなぁ~

犯人捕まるまで夜中のゴミだしは止めとこうっと!!^^;
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by coo-sora | 2008-09-12 14:36 | 想ひ

ご心配をお掛けしましたが・・・(^^ゞ

土曜日はさすがに1日おとなしく寝ていましたが、
昨日は足を引きずりながらもあけぼの滋賀のピアカウンセリングと、お世話になってるクリニックの会をはしごしてきました。
講演内容については後日お伝えしますね。

金曜土曜の二日は身体中湿布だらけ^^;
湿布の匂いが嫌なのかcooが近づいてきません。(-_-;)

で、結果、右足はもうすっかり大丈夫です。
左膝のケガはまだジクジクしていて自宅ではガーゼも貼らずに乾燥させているのですが、なかなか皮が再生されません(・。・;
これって、やっぱ・・・(-_-;)
年齢を重ねるってこういうことなのですね。
で、打ち身は身体のあちこち・・・
ホントに笑っちゃいますよ。
自分でも予想しなかったところが痛くなったりするんですよ。
しかも、当日より翌日だったりその翌日だったり・・・
今は左腕の付け根が痛いんです。
どういう力の入れ方をしたんだか・・・
ほんまにホトホト情けないですわぁ~~~(-_-;)

でも、いつまでもクヨクヨしていられませんから(^^ゞ
実は、お嫁ちゃんから少し出血(御しるしといわれるものかしら)したと連絡があったので、愈々かとドキドキしてます。
予定では20日くらいだったので、早く治さなければ・・・(^_-)-☆
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by coo-sora | 2008-07-14 15:59 | 想ひ

イタッ!!

。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。エーン!!。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。エーン!!

今朝のことです。
整体が終わって駐車場まで10メートルくらいのところで・・・
えっ???
何だか分からないけど足を取られた。
身体が右後方に傾いた・・・
倒れながらも考えた・・・右腰を打ったら転移してる箇所にもろだわ・・・骨折するかも!!
尻餅も背骨にヤバイ!!・・・って、とっさに体制を変えようとした。
余計バランスを崩した・・・・・見事に前に⌒☆ヽ(。◇゚)ノ ドテッ!!
あまりの痛さに起きられない。
幹線道路から離れているので幸い車も人も通ってなかったので、しばらくそのまま・・・
どこを打ったか確かめながら起き上がる・・・
右足捻挫したかな・・・ひどい擦り傷が足の甲に。
左足ズキン!!イタッ!!|||||/(=ω=。)\ガーン|||||
そぉーっとGパンの裾を捲ってみる・・・∑q|゚Д゚|pワオォ!!
血がぁ~~~~~~~~~~Σ(|||▽||| )

そんなこんなで左膝強打で腫れて歩けませぇ~ん(ノ_ё)ウゥ・・・ゥ・・・ゥ・・・

これって、きっと腕も痛いから庇ったんだろうなぁ・・・
まあ、腕をケガしてないから仕事は出きるし、左足だから車のブレーキは踏めるし大丈夫かぁ?
なんて、お気楽に考えてていいのかしら?

こんなことは最近どころか記憶にないかも?
ちょっとした段差だったのです。
バランス崩しても保てたのにぃ・・・転倒するなんて・・・

あ~~~~ショック!!ΣΣ┗(|||`□´|||;;)┛ガーン!!

恥ずかしさより・・・痛みより・・・情けない身体に不甲斐無い・・・
。・゚゚ '゜(*/□\*) '゜゚゚・。 ウワァーン!!
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by coo-sora | 2008-07-11 13:42 | 想ひ

間に合ったよ!!

3月1日の記事でトップの中心を少しお見せしていたキルトがやっと仕上がりました。\(^o^)/
もう、内心ドキドキでした。(^^ゞ
途中、五十肩の痛みで全く針が持てないこともあり、出産に間に合わないかもと諦めかけたことも・・・
それに、キルトを広げるとcooが邪魔をしに来るんですよね。
別の部屋で眠ってると思って、そぉ~~っとやり始めると・・・チリンチリンってcooの鈴の音が・・・(・・;)
これって何でばれてしまうんかしら?
やっぱり赤ちゃんのものだから、ネコが乗ってはまずいでしょう。
ま、出来てからすぐ洗濯してもいいんんだけれどね。
布を咥えたり糸を引っ張ったりするしね。(~_~;)
まだある。
何といってもスピードが落ちた。
10年ぶりなんですけれど、運針のスピードは遅いし、間違えるし、老化との闘いですね。
そうそう、針に糸通すのも・・・ね。(-_-;)

そりゃ、産まれてすぐに使うわけでもないけれど、やっぱね、間に合わせたいって思うでしょう!
ま、とにかく久しぶりに頑張りました。
毎夜、チクチク・・・



じゃ~~~ん!!

あのぉ~~~~(-_-;)おいおい~あんたじゃないって!!
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カメラ取り出すとこれだもん・・・(^^ゞ
やっぱり洗濯だわ・・・Σ( ̄ε ̄;|||・・・

ソファーに掛け直して・・・

じゃぁ~~ん!!
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こんな感じです。
約1メートル四方です。
使ってもらえるかな・・・(^^♪
で、今はまたチクチク違う物を製作中です。
せっかく再開したので続けることにしました。
いっぱい作ってあげたいものがあるしね。
孫ちゃんはバァバの作ったものを喜んでくれるかしら?(^_-)-☆

昨日、お嫁ちゃんのご両親のご招待でお食事会をしました。
産まれたらゆっくり外食なんて出来なくなるから・・・って、ことで。
もう、37週に入ったのでいつ出てきても大丈夫だと医師から言われたそうです。
少しお腹も下がって来たようだとか・・・いよいよですね。
((o('∇'*)oドキドキo('∇')oワクワクo(*'∇')o))
先日撮影した写真を見せてもらいました。
お腹の中にいるのにとってもはっきり写っていてびっくりしました。
親指をくわえていて、横顔は息子そっくりだって、みんな大笑いでした。
息子似の女子って・・・ちょっと心配だよ~~~~~^^;
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by coo-sora | 2008-06-25 15:07 | 想ひ

息子へ

忙しくて少し更新できなかったのですが、先日、6月6日は長男の誕生日でした。
25歳です。
そして、来月には人の親になります。
当日は別居しているのでメールだけ送っておきました。
プレゼントは無し!!
当然です。
ばぁばは生まれてくる孫ちゃんのためにせっせと貯めてるのですから無駄遣いはしませんよ。
(^^ゞ

彼はとてもいい子です。
生まれたときにビタミンK不足とかで腸内出血して少し心配もしましたが、あとは熱を出したこともないのです。
彼を連れて病院へ駆け込んだ経験が1度もありません。
偏食もなく、酷い反抗期もなくすくすく成長してくれました。
とても聞き分けもよく、親想いで・・・

そんな彼の初めての反抗が「大学には行かない!」でした。
さすがに焦りましたね。
それじゃなんの為に塾に通って中高大の一貫校にはいったんだ?!
安くは無い私学の授業料を溝に捨てたのか?!
息子が高卒って?!
物分りのいい母もさすがに反対しました。
でも、これが初めての反抗だと笑いながら自分の息子を信じろと啖呵を切る息子。。。
結局了承するしかなかった・・・
そして、昨年が2度目の反抗期?
11歳年上のバツイチの彼女との結婚。
物分りのいい母が反対したことに驚いた息子。
でも、絶対に結婚すると宣言するとどんどん行動に移して行きます。

亥年生まれなのに穏やかな子やなぁ・・・と思っていたのは大きな間違い。
しっかり猪突猛進してくれまして・・・(・・;)

で、近頃の彼は、よく頑張ってるそうです。
父親の仕事を継ぐ為にもと修行の身なのですが、彼なりの考えもあって一生懸命の様子は窺えます。
結婚して子供ができたと知って、
親の欲目としても頑張ってる様子は分かります。
少し褒めてやらなけりゃとも思いながら・・・
メールのお返しに電話をかけてきた彼に
「いよいよ父親になるんやからしっかりしいや!!」って、
結局檄を飛ばすわたし・・・(^^ゞ
ま、いいっか。。。

命のバトンはちゃんと渡せそうですね。
元気な間に孫の顔が見られるなんて・・・嬉しい、ありがとう。

あと、1ヶ月。
ただただ無事誕生することを願うばぁばです。

わたしにとって二人の息子がわたしが生まれてきた証なのでしょうか。

「息子よ、生まれてきてくれてありがとう!!」

ほんとはそんな気持ちなのですが・・・。
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by coo-sora | 2008-06-09 19:03 | 想ひ

教えてください。

唐突なんですが、みなさんの中に十二指腸癌の経験者はいらっしゃいませんか?

実は知人が十二指腸癌だと診断されました。
医師からは内視鏡手術を薦められてるそうです。
しかし、十二指腸はとても薄くて破れ易いというリスクがあるそうです。
破れてしまったときはホッチキスで止めるそうですが。
ですから最初からそのリスクを覚悟して臨んでくださいとのこと。
彼女は抗生物質によるアレルギーがあるので開腹手術はもっとリスクがあります。
それも覚悟の上で手術を受けるのか?
数日で結論を出して医師に伝えないといけないそうです。

わたしも十二指腸癌の人は知りません。
かなり少ないようですね。
病院でも数例しかないと言われたそうです。
で、彼女はとても迷ってます。
そして、少しでも情報を望まれています。

癌だと告知されただけでもショックなのに手術法を選ぶように言われても・・・
知識がない分、選択が難しいのだと思います。

わたしは、納得出来ないならセカオピをとったほうがいいのではと薦めたのですが・・・

で、もしこのブログを読んでくださってる方の中に十二指腸癌をご存知の方がいらしたら是非助言がいただけないかと思っています。

どうか宜しくお願いします。
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by coo-sora | 2008-04-13 14:08 | 想ひ

「滋賀県がん患者団体連絡協議会」の発足

この度 「滋賀県がん患者団体連絡協議会」という会が発足されました。

これは、昨年の4月施行の「がん対策基本法」の基本方針として、がん患者を含めた国民の視点に立ったがん対策の実施が謳われていて、それに伴い、県内のがん患者、その家族、遺族の声を行政や医療現場に届けるためには、県内で活動している患者団体が一つにまとまることが必要だということで発足されたものです。

活動の主な内容は・・・

☆ がん対策推進に向け、患者・家族・遺族の声を集約し、国・滋賀県・滋賀県下の医療機関に   提言・提案する。
   (当協議会が滋賀県がん対策推進計画策定協議会の委員として入ります。)

☆ 県内のがん患者・家族・遺族への情報提供と支援をする。

☆ がん予防と早期発見の向けた啓発活動をする。

☆ 県内の医療向上に向けた活動や提案をする。

☆ 各団体の情報交換と相互交流をする。


以上の内容で活動がスタートします。

そんなことで、今日は県立成人病センターで発足会が開かれました。

会には、県内の「地域がん診療連携拠点病院」の指定を受けている各病院の院長や他の総合病院の院長。
滋賀県の健康福祉部健康推進科の方など県の方達が見えていました。
あとは、患者会のメンバーの方達です。

会の代表をされる「あけぼの会滋賀」の代表である菊井さんのあいさつから始まり、来賓のあいさつのあとは、成人病センターで診療情報管理室長の川上賢三先生から「がん登録について」の記念講演がありました。

がん登録は、がん罹患・死亡の減少のための対策として、すべてのがん登録をすることで問題点を見つけて解決していくというものです。
・・・と、ここまでは書けるのですが、実はわたしは話しの途中から殆ど耳に入らなくなっていました。(-_-;)
と、言うのも、次はわたしの番だったのです。

患者としての体験談を話して欲しいと依頼があったのはたった3週間前のことでした。
なんでわたしよ~~~(・_・;)
もっと相応しい人がいるはずです。
ピンクリボンで司会をしたことで、今回もわたしに白羽の矢が当たったようなのですが・・・
司会と自分のことを喋るのは大きく違います。
司会は決められたことを話せばいいのですが・・・
体験談って???????
何を話せばいいのか??????
とにかく、他にも探していただいて、どうしても誰もいなければ受けることにしました。
それから数日・・・やはり頼みたいと連絡が入りました。
人前で自分のことを喋る・・・初体験です。
どうなるか見当もつきません。
でも、この話を受けたのは、これも縁だと思ったからです。
乳がんになって、転移してわたしの人生は閉ざされたと思いました。
もう、お仕舞だって思ってました。
でも、違った。
いろんな仲間と知り合って、また新たな世界が開けたように思います。
だから、何でも挑戦です。
司会も始めてでした。ドキドキしたけどワクワクもした。^m^
で、引き受けました。

でも、今度は大変だったよ~(・_・;)
何を話そう?何を話そうと思ってるだけでどんどん日は過ぎて・・・
とにかく当日壇上で頭が真っ白になることも考えて原稿もしっかり準備して・・・
昨日の夜は眠れなかったし^^;
朝ごはんもノドを通らないし(~_~;)
会場には1時間半も早く到着・・・(-_-;)

心臓はドキドキバクバク・・・ 
で、とうとうわたしの番が来ました。
そう、足はガクガク・・・声は上ずりろれつが回ってない・・・(・_・;)
初めからカンデル~~~もう、アセアセアセアセアセ・・・
わたし、大丈夫かぁ!?ちゃんと喋れてるのかぁ!?
ほんまにこんなに緊張したのは久しぶりでした。

でもね、最前列にずら~っと並んでいらした院長先生の中にずっと頷いて聞いていてくださった方がいて、とても救われました。
そうしたら、ちょっと気持ちが落ち着いて会場も見舞わせるようになりました。
みなさん、うんうんって頷きながら聞いてくれていて安心しました。
でも、ちょっと話の途中で涙ぐむ人を見つけてしまい、わたしも言葉が詰ってしまって・・・

話の内容は、心のケアの大切を訴えました。
初発のころの辛かった体験やネットで仲間に出会ったこと、そして、がんを治す治療と同じだけ心のケアが大切だということなんかを・・・
だって、専門家や先輩患者会の人たちに体験談なんて、おこがましくて話せませんから。

良かったのか悪かったのか・・・ま、それは置いておいて・・・(・_・;)
とにかくやれやれです。\(^o^)/

そのわりには遅くまで起きてるって?
だって、
帰ってきてからソファーに横になったとたん眠ってしまって・・・^^;
よほど疲れたんだよ、あたし~~~(^^ゞ
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by coo-sora | 2008-04-06 00:27 | 想ひ

サポートグループ

わたしがお世話になっているクリニックで、今度「サポートグループ」いう名称で、文部科学省の助成を受けた研究の一環として、臨床心理士と精神科医の参加のもと、術後3ヶ月から1年くらいの人を対象にオンコサイコロジーがスタートします。

内容は
1回目 参加者の自己紹介 ・ 今までの経緯など

2回目 がんに伴う不安について、不確実性に向き合えるようになるために。

3回目 家族や友人とともに生きていくために

4回目 主体的に生きるために  不安への取り組み

5回目 自分らしさを見直す
     自分にとって大切なもの 支えとなるもの

以上のような内容でのグループ療法なのですが、残念ながらわたしは対象者から外れてしまってますので、参加できなくて非常に残念ですが、思い返すと、確かに3ヶ月から1年くらいの間を乗り越えるのが1番大変だったかなぁ・・・
あのときにもっとメンタルな面で話を聞いてくれる人がいたらもう少しラクだったかしら?と思うことが多々ありましたから。

いずれにしても、とても嬉しいことです。
日本の癌医療で1番遅れていることだと常々感じていましたから。
いい成果が上って、実際にどの病院でも行なわれるようになるといいですね。
とても期待します。

わたしのメンタルケアーはこの子の存在です。
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抱っこしてぇ~~~~~!!攻撃の甘えん坊ですが。(^^ゞ
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by coo-sora | 2008-03-24 23:11 | 想ひ

ちょっと重い話題ですが・・・大切なこと

わたしのお友達にガーネットさんという方がいらっしゃいます。
「両側乳がんで乳房再建中・・・50代シングルの日々」というブログの管理人さんです。
最近、彼女はここでも紹介したことがある「チームオンコロジー」のブログ『人工呼吸器、死の準備』の記事にコメントを寄せられ、そのことについてブログに記事を掲載されました。

わたしは、その彼女の記事にコメントを入れたのですが、先日、テレビ「報道特集」で、
『臓器移植と救命の両立』 に取り組まれている札幌市立病院の救急救命室が取り上げられて
いたのを見て、ここにも少し書こうと思います。
テレビの内容についてはガーネットさんが詳しく書かれています。

最初のわたしのコメントはガーネットさんのブログで読んで頂けると助かります。
あのコメントを入れてから数日が経ち、報道特集を見て、思っていたことだけを今日は書こうと思います。

過去にもお話したことがありますが、
ちょうど阪神大震災のあった同時期のことです。
妹は胃の手術を控えて入院していました。
そして、妹を心配しすぎた父も風邪をこじらせ肺炎になり入院しました。
ふたりは違う病院にいました。

父は既に肋膜をしていて片肺同様でしたから、致命的でした。
あっと言う間に悪くなり、生死の間を彷徨う状態でした。
わたしは悩みました。
それは父が危険な状態にいるので、妹の手術を延ばして父のいる病院につれてくるかどうかということでした。
妹は胃がんの疑いがあり、当時は切らないと悪性かどうか判断が出来ないといわれました。
また、場所も微妙なので早い方がいいと言われていました。
手術は明日に迫っていました。
少しくらい手術を延ばしても変わらないのじゃないか・・・
延ばしてあとで後悔することになったら、父は喜ばないだろう・・・
それでも、自分の手術の間に父が亡くなったと知ったら妹はどんな気持ちになるだろうか・・・。
それで、父の主治医と相談しました。
主治医は若い人の命を優先しましょうと言われました。
わたしは悩みました。苦しかったです。なかなか決心は出来ませんでした。
でも急がなければいけませんでした。
もしものことを考えると妹から恨まれるのは間違いありません。
手術だというのに顔を見に来ない父のことを妹は不思議がりました。
結局わたしは妹を優先して父は風邪を引いて見舞いに来られないだけだと嘘をつき、
妹に手術を受けさせました。

結果、妹は良性で、奇跡的に父も危機を脱することが出来ました。
こんなに良い事が重なることもあるのです。
今となっては笑い話です。
このときばかりは神様にホントにありがとうと手を合わせました。(笑)

そして、そんな父の最期もわたしたち姉妹にどうするか主治医から委ねられました。
父は胃がんで2年目でした。
わたしたちは極力自然に近い形で父を逝かせてあげてほしいとお願いしました。
幸い、父は痛みもなく穏やかに息をひきとりました。
母の辛さを父も目の当たりにしていて、あれは可哀想なことをしたといつも言っていたからです。
そして、わたしたち親子は、母方の祖母に始まり二人の伯母と母を癌で亡くしています。
いずれの時も、側に居て看取ってきました。
その多くの身内の死で学ぶことは多かったと思います。
自分のときはどうしたいか?と、考える機会をたくさん与えられたように思います。

でも、考えると家族は医師から苦渋の選択を強いられることがあります。
本来、どちらの命を優先するかなんて考えられるわけはありません。
笑い話になったからいいようなものですが、あの時、全てが悪い方へ進んでいたらと思うと
ゾッとします。
わたしもかなりパニック状態でした。(-_-;)
最期をどうするかなんて本人以外が決めるのはやはり間違っていると思うのです。
選択を迫られた家族も辛いです。
特に今回のテレビのように突然倒れて逝ってしまうようなことになったら・・・
死は癌だけではありません。
まだ、癌は死ぬ準備が出来るからいいと、わたしは考えます。
その為にも、せめて自分のことはしっかり他の家族に伝えておくのが義務だと思います。
なかなか死を前提に考えることは難しいです。
健康なときは考えもしないでしょう。
自分が死ぬなんてことも忘れています。
でも、死に方はその人の生き方そのものだと思いますから、とても大切なことだと思います。

わたしは、健康なときは臓器移植のカードを携帯していました。
乳がんになって転移した時に破って捨ててしまいました。
乳がんは全身癌ですから。とても悔しかったです。
わたしは、何の役にも立たない人間になったのだと泣きました。
でも、角膜は大丈夫なのかしら?と、今は考えています。

そんなことも選択肢のひとつとして、もう1度、生き方=死に方を考える必要があると思っています。

最後に、わたしは延命治療は望んでいません。
最期は、緩和病棟のお世話になりたいと思っています。
(緩和病棟については、疼痛緩和の場合の入院も考えています。)
単純に痛みさえなければそれでいいと思っています。
それは、義父が骨の癌で亡くなっていて、壮絶な痛みとの闘いだったからです。

後の細かいことは、ノートに書き残してあります。
それは妹に、
「お姉ちゃん、してほしいことはちゃんと書いておいてや。」って、言われているからです。
今は既に姉妹二人です。最後に頼れるのはやはり妹です。
わたしたちよくこの話題に触れます。
わたしたちにとって、「死」はとても現実的な話題です。

ここは割り切って、妹と息子たちを苦しめないようにきちんと書き記すのがわたしの義務だと思います。



お~~~~~い。オマエサンは何を考えてるんだい!?
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by coo-sora | 2008-03-12 15:01 | 想ひ

思い出します・・・母のこと

最近、お友達のYちゃんのお母様がお亡くなりになりました。
突然のことだったそうです。
それでっていうのも変ですが、ここのところ母を思い出してばかりいます。

わたしの母は54歳で卵巣がんで亡くなりました。
初発から調度4年でした。今から20年前のことです。
母が体調の変化を感じて何度も近くの産婦人科へ通いましたが、
卵巣が腫れていることしか分からず、取り敢えず摘出するということになり、
市内の総合病院を紹介されました。
そこでも再検査はあったのですが、
簡単な手術だからと局部麻酔でスタートした手術も開いてビックリ!!
急遽、全身麻酔に切り替え、外科の医師が加わり大手術となりました。
既に、腸は詰まっており、バイパスを通し、腹膜にも転移していました。
そして、肝臓へ転移した癌は取ることが出来ませんでした。
結果、余命3ヶ月を宣告されたのです。

でも、母は驚異的な回復を見せ、その当時いいと言われたことは全て試したと思います。
今となっては何が効いたのかは分かりませんが、とにかく4年間生き延びることができました。
しかも、その内の2年間はごく普通に仕事もしていました。


母はホントに働き者でした。
わたしは母が働いている姿しか知りません。
いったいこの人はいつ寝ているのだろうと思っていました。
そして、とても器用な人でした。
洋裁、和裁、編み物、料理に畑仕事と何でもこなしました。
わたしは結婚するまで既製品というのを着たことがありませんでした。
いつもデパートで流行りの服を見て周り、布を買うと自宅のミシンで作ってくれました。
子供のころはずっとお友達みたいに買ってほしかったけど、
成長してからはそんな母の作る服が自慢でした。

嫁いだときも、着物は全て母が縫ってくれたものです。
元々、母は和裁の内職をしていましたから朝飯前なのでしょうが、
近年新調した着物より母が仕立てた着物の方がうんと着易いのです。
それだけに注文も多かったようです。
それは、わたしが着付けの仕事をするようになって分かったことです。

そして、料理はプロ級です。
ホントにどれも美味しかったなぁ~
母に教えてもらった通り作るのに・・・なかなか母の味は出ません。
特にお寿司です。毎回味が違うんだもん・・・(-_-;)
今でもおばちゃんの作った○○は美味しかったなぁって友達に言われると嬉しくなります。

野菜作りも名人でした。
ご近所の人がコツをよく聞きに来ていました。
これは母も自慢だったようです。
買う野菜より私の方が大きくて美味しいと言ってましたから。!(^^)!
いつも沢山採れるので、職場に持って行って喜ばれました。

ただ直向きに父を愛し、娘の成長を楽しみに生きていた母。
姉妹や他人の面倒見も良く、自分のことはいつも1番最後。
ようやく娘ふたりが嫁ぎ、やれやれこれから自分の人生をと思った矢先の発病。
どれほど悔しかったかと・・・
普段、娘たちには愚痴を言わなかった母も、
最期にはそういう意味のことを言ったことがあります。

あと3年で亡くなった母の歳になるというのに、わたしは何をしてきたのかしら?!(-_-;)
何もかも母を超えるどころか近づくことも出来ない情けない娘です。

今、生きていたら・・・叱られるだろうなぁ~
「ほらほら、違うよ。まだ出来ひんの?ここはこうするんやで。」って、
20年経っても母の声が聞こえてきそうです。


「Yちゃんのお母様のご冥福を心よりお祈りいたします。」
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by coo-sora | 2008-02-20 18:30 | 想ひ