ちょっと重い話題ですが・・・大切なこと

わたしのお友達にガーネットさんという方がいらっしゃいます。
「両側乳がんで乳房再建中・・・50代シングルの日々」というブログの管理人さんです。
最近、彼女はここでも紹介したことがある「チームオンコロジー」のブログ『人工呼吸器、死の準備』の記事にコメントを寄せられ、そのことについてブログに記事を掲載されました。

わたしは、その彼女の記事にコメントを入れたのですが、先日、テレビ「報道特集」で、
『臓器移植と救命の両立』 に取り組まれている札幌市立病院の救急救命室が取り上げられて
いたのを見て、ここにも少し書こうと思います。
テレビの内容についてはガーネットさんが詳しく書かれています。

最初のわたしのコメントはガーネットさんのブログで読んで頂けると助かります。
あのコメントを入れてから数日が経ち、報道特集を見て、思っていたことだけを今日は書こうと思います。

過去にもお話したことがありますが、
ちょうど阪神大震災のあった同時期のことです。
妹は胃の手術を控えて入院していました。
そして、妹を心配しすぎた父も風邪をこじらせ肺炎になり入院しました。
ふたりは違う病院にいました。

父は既に肋膜をしていて片肺同様でしたから、致命的でした。
あっと言う間に悪くなり、生死の間を彷徨う状態でした。
わたしは悩みました。
それは父が危険な状態にいるので、妹の手術を延ばして父のいる病院につれてくるかどうかということでした。
妹は胃がんの疑いがあり、当時は切らないと悪性かどうか判断が出来ないといわれました。
また、場所も微妙なので早い方がいいと言われていました。
手術は明日に迫っていました。
少しくらい手術を延ばしても変わらないのじゃないか・・・
延ばしてあとで後悔することになったら、父は喜ばないだろう・・・
それでも、自分の手術の間に父が亡くなったと知ったら妹はどんな気持ちになるだろうか・・・。
それで、父の主治医と相談しました。
主治医は若い人の命を優先しましょうと言われました。
わたしは悩みました。苦しかったです。なかなか決心は出来ませんでした。
でも急がなければいけませんでした。
もしものことを考えると妹から恨まれるのは間違いありません。
手術だというのに顔を見に来ない父のことを妹は不思議がりました。
結局わたしは妹を優先して父は風邪を引いて見舞いに来られないだけだと嘘をつき、
妹に手術を受けさせました。

結果、妹は良性で、奇跡的に父も危機を脱することが出来ました。
こんなに良い事が重なることもあるのです。
今となっては笑い話です。
このときばかりは神様にホントにありがとうと手を合わせました。(笑)

そして、そんな父の最期もわたしたち姉妹にどうするか主治医から委ねられました。
父は胃がんで2年目でした。
わたしたちは極力自然に近い形で父を逝かせてあげてほしいとお願いしました。
幸い、父は痛みもなく穏やかに息をひきとりました。
母の辛さを父も目の当たりにしていて、あれは可哀想なことをしたといつも言っていたからです。
そして、わたしたち親子は、母方の祖母に始まり二人の伯母と母を癌で亡くしています。
いずれの時も、側に居て看取ってきました。
その多くの身内の死で学ぶことは多かったと思います。
自分のときはどうしたいか?と、考える機会をたくさん与えられたように思います。

でも、考えると家族は医師から苦渋の選択を強いられることがあります。
本来、どちらの命を優先するかなんて考えられるわけはありません。
笑い話になったからいいようなものですが、あの時、全てが悪い方へ進んでいたらと思うと
ゾッとします。
わたしもかなりパニック状態でした。(-_-;)
最期をどうするかなんて本人以外が決めるのはやはり間違っていると思うのです。
選択を迫られた家族も辛いです。
特に今回のテレビのように突然倒れて逝ってしまうようなことになったら・・・
死は癌だけではありません。
まだ、癌は死ぬ準備が出来るからいいと、わたしは考えます。
その為にも、せめて自分のことはしっかり他の家族に伝えておくのが義務だと思います。
なかなか死を前提に考えることは難しいです。
健康なときは考えもしないでしょう。
自分が死ぬなんてことも忘れています。
でも、死に方はその人の生き方そのものだと思いますから、とても大切なことだと思います。

わたしは、健康なときは臓器移植のカードを携帯していました。
乳がんになって転移した時に破って捨ててしまいました。
乳がんは全身癌ですから。とても悔しかったです。
わたしは、何の役にも立たない人間になったのだと泣きました。
でも、角膜は大丈夫なのかしら?と、今は考えています。

そんなことも選択肢のひとつとして、もう1度、生き方=死に方を考える必要があると思っています。

最後に、わたしは延命治療は望んでいません。
最期は、緩和病棟のお世話になりたいと思っています。
(緩和病棟については、疼痛緩和の場合の入院も考えています。)
単純に痛みさえなければそれでいいと思っています。
それは、義父が骨の癌で亡くなっていて、壮絶な痛みとの闘いだったからです。

後の細かいことは、ノートに書き残してあります。
それは妹に、
「お姉ちゃん、してほしいことはちゃんと書いておいてや。」って、言われているからです。
今は既に姉妹二人です。最後に頼れるのはやはり妹です。
わたしたちよくこの話題に触れます。
わたしたちにとって、「死」はとても現実的な話題です。

ここは割り切って、妹と息子たちを苦しめないようにきちんと書き記すのがわたしの義務だと思います。



お~~~~~い。オマエサンは何を考えてるんだい!?
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by coo-sora | 2008-03-12 15:01 | 想ひ