思い出します・・・母のこと

最近、お友達のYちゃんのお母様がお亡くなりになりました。
突然のことだったそうです。
それでっていうのも変ですが、ここのところ母を思い出してばかりいます。

わたしの母は54歳で卵巣がんで亡くなりました。
初発から調度4年でした。今から20年前のことです。
母が体調の変化を感じて何度も近くの産婦人科へ通いましたが、
卵巣が腫れていることしか分からず、取り敢えず摘出するということになり、
市内の総合病院を紹介されました。
そこでも再検査はあったのですが、
簡単な手術だからと局部麻酔でスタートした手術も開いてビックリ!!
急遽、全身麻酔に切り替え、外科の医師が加わり大手術となりました。
既に、腸は詰まっており、バイパスを通し、腹膜にも転移していました。
そして、肝臓へ転移した癌は取ることが出来ませんでした。
結果、余命3ヶ月を宣告されたのです。

でも、母は驚異的な回復を見せ、その当時いいと言われたことは全て試したと思います。
今となっては何が効いたのかは分かりませんが、とにかく4年間生き延びることができました。
しかも、その内の2年間はごく普通に仕事もしていました。


母はホントに働き者でした。
わたしは母が働いている姿しか知りません。
いったいこの人はいつ寝ているのだろうと思っていました。
そして、とても器用な人でした。
洋裁、和裁、編み物、料理に畑仕事と何でもこなしました。
わたしは結婚するまで既製品というのを着たことがありませんでした。
いつもデパートで流行りの服を見て周り、布を買うと自宅のミシンで作ってくれました。
子供のころはずっとお友達みたいに買ってほしかったけど、
成長してからはそんな母の作る服が自慢でした。

嫁いだときも、着物は全て母が縫ってくれたものです。
元々、母は和裁の内職をしていましたから朝飯前なのでしょうが、
近年新調した着物より母が仕立てた着物の方がうんと着易いのです。
それだけに注文も多かったようです。
それは、わたしが着付けの仕事をするようになって分かったことです。

そして、料理はプロ級です。
ホントにどれも美味しかったなぁ~
母に教えてもらった通り作るのに・・・なかなか母の味は出ません。
特にお寿司です。毎回味が違うんだもん・・・(-_-;)
今でもおばちゃんの作った○○は美味しかったなぁって友達に言われると嬉しくなります。

野菜作りも名人でした。
ご近所の人がコツをよく聞きに来ていました。
これは母も自慢だったようです。
買う野菜より私の方が大きくて美味しいと言ってましたから。!(^^)!
いつも沢山採れるので、職場に持って行って喜ばれました。

ただ直向きに父を愛し、娘の成長を楽しみに生きていた母。
姉妹や他人の面倒見も良く、自分のことはいつも1番最後。
ようやく娘ふたりが嫁ぎ、やれやれこれから自分の人生をと思った矢先の発病。
どれほど悔しかったかと・・・
普段、娘たちには愚痴を言わなかった母も、
最期にはそういう意味のことを言ったことがあります。

あと3年で亡くなった母の歳になるというのに、わたしは何をしてきたのかしら?!(-_-;)
何もかも母を超えるどころか近づくことも出来ない情けない娘です。

今、生きていたら・・・叱られるだろうなぁ~
「ほらほら、違うよ。まだ出来ひんの?ここはこうするんやで。」って、
20年経っても母の声が聞こえてきそうです。


「Yちゃんのお母様のご冥福を心よりお祈りいたします。」
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by coo-sora | 2008-02-20 18:30 | 想ひ